善意が空回りする

基本的に満ち足りてはいるので、誰かを悲しませてまで自分が儲けようとか、いい思いをしようという気持ちはないです。

相手の立場を想像して、良かれと思ってやっているのですが、それが余計なお世話だったりして、あんまり意味がないどころか事業の成長をひっぱっていたりします。

かといって利益至上主義で、突き進むのも嫌だし。。

今は銀行からお金をたくさん借りていて、利子をたくさん払わないといけないので、銀行からの評価を軸に、自分的な理想も追いかけるのがいいかなと考えています。

そもそも何がいいかは、誰にもわかないらので、相手を想って何かをしても結果いいのかどうかは、その人が判断するしかなく、自分が誰かにできることは限りなく小さいと最近気が付きました。それでも誰かと関わらないとあまりにも孤独です。だから人は他の人を求めるのでしょうが、その距離感って深いですね。

孤独と不安のレッスンを読んで

久しぶりにこころを動かすいい本と出会えました。

仕事をはじめたときは、貧乏で、仕事も少ないので人との関わりも少なく、そして大好きだった彼女とも遠距離恋愛でとても孤独でした。

今思うとピンとはりつめたような孤独でした。

そしてとても不安でした。

今では、とてもいいことですが、人に恵まれ、仕事に恵まれています。

しかし、当時の孤独だけど、自由な感覚を失っています。

孤独になるのが、怖くて、何か他のことでその孤独や不安を埋めてしまいがちになっています。

孤独になることから逃げて、不安をお金で手に入ることで紛らわせて結局何にもならない。ということを繰り返してきました。

いいかげんそんなことはやめてちゃんと自分と向き合おうと思います。

自由は、自分の心の中にある。

マーケターに必要とされる倫理観

マーケティングは、かなり威力のある武器です。

昨年に話題になったかぼちゃの馬車。

ひどい儲け話でもマーケティングの力でサラリーマンに億単位の借金をさせて投資させる。なんてことができたりします。

マーケティングの仕事を請け負っている小さい会社を経営している身としては、案件を選べなかったりします。

本当に大丈夫な会社なのか?商品なのか?と会社を買うときのデューデリジェンスをする余裕もないので、性善説でお客様の状況と要望を信じるしかないです。

ただ、理想は、本当に世の中のためになるサービスをもっと広める仕事だけできるようになるといいなと思います。

というかそもそも俺が倫理を語っていいのか?と自分につっこみを入れてしまいますが、仕事での理想は大切ですよね。

私生活に倫理感があまりない分、仕事には倫理を、いい人でありたいという欲求があります。